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2016年03月29日

夏焼山登山(3)

夏焼山登山(2)から続き

40年かけて完成した三信鉄道(飯田線の前身)の最後の区間
三河河合から天竜峡の間は地形が険しく誰も測量のやり手がなかった。
それをアイヌの酋長の息子川村カ子ト(かわむらかねと)が成し遂げた。

当時、夏焼集落に住んでいた川根さんが 工事でにぎわった様子を聞かせてくれました。
夏焼集落には朝鮮人や東北の人たちの飯場ができ 監督や班長とその家族は村人の民家に間借りしていた。
食料品などは天竜川を帆掛け船などで運び入れ、村人が作った木炭などを搬出した。

夏焼山登山(3)
夏焼山登山(3)
集落の諏訪神社:
車道も無く、急斜面で今はだれも住んでいないが 繁栄していたことを想像させます。

夏焼山登山(3)
ツアーは さらに、険しい山道を登ります。

夏焼山登山(3)
夏焼山(651.3m)の山頂標識
北風が非常に冷たい。
夏焼山登山(3)
今も、耕作に通っているのでしょうか。集落はきれいに整備されています。
もと来た道を戻り 飯田線で最後に完成したという
大嵐~小和田 間 を 電車で移動しました。
 
明日は 秘境駅から塩沢集落へウォーキング



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この記事へのコメント
夏焼、なつかしい言葉の響きですね。
数えれば半世紀にもなるのですが、私の中学生の頃、この集落から飯田線で通学していた同級生がいました。大嵐の駅近くにも飯田線の工事で住み着いて通学してくる友達もいました。今何してるのかなーと思います。実際に夏焼に行ったことはないのですが。
Posted by けいこさんけいこさん at 2016年03月29日 09:29
1時間も2時間もかけて山道を歩いて通学する 想像できないような厳しい現実があったんだ~。
実際に訪れて経験してみて もし再会したなら接し方がちがってくるかもしれませんね。
Posted by 木タロウ木タロウ at 2016年04月01日 01:12
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    コメント(2)