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2016年06月09日

飯田線と川村カ子ト(かねと)

飯田線と川村カ子ト(かねと)
飯田線小和田駅

飯田線は豊川鉄道、鳳来寺鉄道、三信鉄道、伊奈電気鉄道の私鉄が国鉄により統合されてできたといいます。
そのうち三信鉄道(天竜峡駅三河河合駅間)は非常に地形が悪く1937年最後に完成しました。
しかし、その険しい山岳地形を切り開いて設計できる測量技師が国内になく、その難航時設計を手掛けたのがアイヌ人の川村カ子ト。当時アイヌ人という偏見もあり作業員にコンクリートの中に埋められそうになる事件もあったということです。
昭和2年、基礎測量に入り、昭和7年に着工、極悪条件下の難関ルートの工事は、5年の歳月を経て昭和12年に最後の区間、大嵐駅小和田駅間を開通、現在の飯田線(豊橋駅辰野駅間)が全線開通したといわれます。

その後佐久間ダムの建設により佐久間・大嵐間が迂回し水窪に鉄道が通るようになりました。

NPO法人山に生きる会では3月21日大嵐駅から、廃線となった1,300mの夏焼隧道を歩き夏焼の集落跡までハイキングを行いました。
夏焼集落では元夏焼に住んでいたという川根さんに 川村カ子ト(かねと)が携わったという工事の行われて自宅を宿舎に提供したり野菜などを提供したりしてかかわった様子を丁寧に説明していただきました。

また、NPO法人山に生きる会は水窪へ飯田線が迂回する前、最寄り駅の白神駅(しらなみ)まで池の平を通って歩いた道を登山道遊歩道として整備しております。
さらに、白神駅(しらなみ)から夏焼までを歩けるように整備する計画です。
ここを歩けば 佐久間ダムの土砂に半分埋まった川村カ子トが作ったトンネルなども見られるかもしれません。
水窪駅~池の平~白神駅跡~夏焼隧道~大嵐駅のコースが完成します。

合唱劇 カネト 水窪公演
水窪小学校・城西小学校児童
水窪文化会館
2016年6月12日


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